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【世界一のDJ】DJ松永は下積み時代が長かった!プロフィールや世界一になるまでの経歴を紹介

『世界一のDJ』の称号を持つDJ松永さん。

近年はバラエティ番組やラジオ番組にも出演し人気を集めていますが、世界一になるまでには長い下積み時代を過ごしています。

そこで今回は、DJ松永さんのプロフィールや経歴について、近況と併せてまとめました。

DJ松永のプロフィール

引用:J-CASTニュース

DJ松永は超絶的なテクニックで人気を博す‟世界一のDJ”

2019年に渋谷で開催された『DMC JAPAN DJ CHAMPIONSHIPS 2019 FINAL』で優勝したDJ松永さん。

そんなDJ松永さんは同年9月にロンドンで開催された『DMC WORLD DJ CHAMPIONSHIPS 2019』に日本代表としてバトル部門に出場すると、ディフェンディングチャンピオンのK-Swizzに勝利し、‟世界一のDJ”の称号を手に入れたのです。

こうして世界一となったDJ松永さんは、2021年8月8日に行われた東京オリンピックの閉会式に出演し、圧巻のパフォーマンスを披露しています。

『Creepy Nuts』のメンバーとしても活躍

またDJ松永さんは2013年にR-指定さんと結成したヒップホップユニット『Creepy Nuts』のメンバーとして知られています。

Creepy Nutsは2017年にメジャーデビューを果たし、翌2018年に初のオリジナルアルバム『クリープ・ショー』をリリースすると、ハイクオリティな楽曲でファンを獲得し、デビューから3年後の2020年11月には、初の日本武道館での単独公演『Creepy Nuts One Man Live かつて天才だった俺たちへ 日本武道館公演』を開催し大成功を収めています。

そんなCreepy Nutsは2021年11月には、“時代の顔”としてムーブメントの先駆けや時代の象徴となった人・モノ・コトを表彰する『anan AWARD 2021』でミュージック部門を受賞しています。

DJ松永はサイコパス並みの潔癖

たびたび、フェスや収録に遅刻するDJ松永さん。

相方R-指定さんの結婚式にも遅刻するなど、私生活はとてもだらしない印象ですが、実はサイコパス並みの潔癖でも知られています。

そんなDJ松永さんの潔癖が広く知られるようになったのが、2020年に出演したバラエティ番組『有吉ゼミ』での“次世代潔癖芸能人”です。

番組では親交のあるオードリー・春日俊彰さんがDJ松永さんの部屋に潜入すると、DJ松永さんは春日俊彰さんが通った場所に掃除機をかけ、使ったコップは漂白剤を使って徹底的に除菌するなどし、その潔癖ぶりが大反響を呼んだのです

さらにDJ松永さんは、

  • 帰宅後、革靴の中敷きを取り出し、靴下と一緒に洗濯
  • 裸足で部屋の中を歩き回り、足の裏で部屋の汚れを確認し掃除
  • 小学生の時は帰宅後は即入浴し、入浴後は風呂場まで自分が歩いた廊下を掃除

と、サイコパス並みの潔癖ぶりをテレビで明かしています。

DJ松永の経歴!世界一になるまでは長い道のりだった

引用:日刊スポーツ

東京オリンピックの閉会式以降は、バラエティ番組にも引っ張りだことなり、今ではレギュラー番組も抱えるDJ松永さんですが、世界一になるまでには長い下積み時代があったのです。

中学でヒップホップに出会い、高校も中退

新潟県長岡市で生まれ育ったDJ松永さんは、小学校からサッカーを始めたスポーツ少年だったのです。

しかし中学2年生の時、仲のいい友人のお姉さんからヒップホップのCDを借りて”かっこいいな!”と感じたDJ松永さんは、さらに同時期にRHYMESTERが月曜パーソナリティを務めていたラジオ番組『WANTED!』を聞き始めたことで、ラジオの面白さとヒップホップの‟得体の知れないかっこよさ”にどんどんと惹かれていったのです。

高校で一気にヒップホップにのめり込み、中退

そんなDJ松永さんは、高校進学後もサッカー部に入部しましたが、高校入学と同時に一気にヒップホップにのめり込み、部活中も頭の中にヒップホップが流れていたため、高校1年生の時にサッカーも辞めてしまったのです。

そして部活を辞めて空いた時間すべてをヒップホップに注いだDJ松永さんは、高校2年生の時にアルバイトをして貯めたお金で、ついに念願のターンテーブルを手に入れたのです。

さらにこの頃からクラブにも出入りするようになり、これまで知らなかった外の世界を目の当たりにしたDJ松永さんは、学校に行く意味が分からなくなり高校2年生の時に中退したのです。

自らデモテープを売り込み、クラブDJデビュー

こうして高校を中退したDJ松永さんは、クラブDJがしたかったことから、地元のレコード店の店主のアドバイスでデモCDを作ってクラブに売り込む日々を送っていたのです。

そんな中、隣町のDJグループのクルーに入りたいと本気で思い、デモCDを渡しに行ったDJ松永さんは、後日そのクルーから連絡がきたことで、クラブDJデビューを果たしたのです。

そして以降、定期的にクラブDJとして出演するようになり、イベントにも声がかかるようになったDJ松永さんは、地元でしばらくクラブDJとして活動したのです。

音楽で食べていくために、21歳で上京するも・・・

しかしその後、世界最大のDJ大会『DMC』の存在を知ったことや、高校生が大会で優勝している姿を見たDJ松永さんは、

日本のヒップホップシーンに“参加したい”

という思いから、21歳で上京したのです。

そして東京のいろいろなラッパーのライブDJをしたDJ松永さんですが、すぐにクラブDJの仕事が舞い込むわけでもなく、2〜3カ月に1度ノーギャラのイベントに呼ばれる程度で、それ以外の時間はただアルバイトに明け暮れる日々を送ったのです。

1stアルバム制作以降は、ソロとして活動

そんな中でも2012年に自主制作のアルバムをリリースしたDJ松永さんでしたが、共演したラッパーから最初に提示された以上の金額を請求されたり、急に連絡がつかなくなるなど痛い目に遭い、さらにアルバムもあまり売れずに大赤字だったことから、以降はソロで活動をおこなったのです。

そこからは自主制作の限界を感じ、まずレコード会社を探し始めたDJ松永さんは、デモテープを送った30社以上の中から『Village Again Association』が拾ってくれ、2014年にアルバム『サーカス・メロディー』を発売したのです。

クラブDJを辞めて、世界一のDJへ

このアルバムリリースが転機となり、2013年に結成したCreepy Nutsとして本格的に活動を始めたDJ松永さんは、クラブDJも辞めてアーティストとしての活動に専念したのです。

しかしCreepy Nutsを結成した時点で、R-指定さんは既に一目を置かれる存在だったことからフラストレーションが溜まっていったDJ松永さんは、その自身の‟呪い”を解くため、2016年に2010年ぶりとなる『DMC』にエントリーしたのです。

そして結果が2位だったDJ松永さんは、Creepy Nutsの活動が軌道に乗った2017年に再挑戦するも3位という屈辱的な結果に終わると、2019年には”もう少し間を空けたほうがいい”という周囲の忠告を無視して出場し、初の日本一に輝き、そのまま‟世界一のDJ”の称号も手に入れたのです。

【DJ松永の近況】Creepy Nutsが世界的大ヒット

長い下積み時時代を経て、現在があるDJ松永さん。

そんなDJ松永さんは現在、Creepy Nutsとしての活動が絶好調で、テレビアニメ『マッシュル-MASHLE- 神覚者候補選抜試験編』のオープニング主題歌として書き下ろた『Bling-Bang-Bang-Born』が世界的大ヒットを飛ばしています。

そんな『Bling-Bang-Bang-Born』は

  • Apple Music、Spotify国内ストリーミングランキングで1位
  • 海外のiTunes HIPHOPチャートで10か国以上で1位(インドネシア、台湾、ラオス、メキシコ、チリ、ウクライナなど)
  • Apple Musicのストリーミングチャートのトップ100:グローバル22位

を獲得し、Billboard JAPAN 総合ソング・チャート

“JAPAN Hot 100”で2週連続1位

という快挙を成し遂げています。

さらに2024年3月11日から全国11か所を回るワンマンツアーを開催するCreepy Nutsは、3月20日には両A面シングル『二度寝/Bling-Bang-Bang-Born』のリリースが予定されており、他にももう1曲大本命を眠らせているというから驚きです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

この記事では、世界一のDJの称号を手に入れたDJ松永さんのプロフィールや経歴について、近況と併せてご紹介しました。

中学からヒップホップにハマリ、高校を中退してクラブDJへの道に進んだDJ松永さんですが、世界一のDJになるまでにはデモCDを送りまくるなど長い下積み時代を経て、2019年に‟世界一のDJ”の称号を手に入れています。

そんなDJ松永さんさんは現在、Creepy Nutsとして絶好調のため、今後の活躍にも注目です。