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【山の上ホテル】惜しまれつつ休業へ!これまでの歴史を紹介

多くの作家など文豪人に愛されたホテルとして知られる『山の上ホテル』。

創業70周年を迎えた2024年2月13日、ついに70年の歴史に一旦幕を下ろし休業に入っています。

そこで今回は、休業に入った『山の上ホテル』の休業理由やこれまでの歴史について、山の上ホテルを愛した著名人と併せてまとめました。

『山の上ホテル』が休業へ

引用:東京新聞

2023年10月に、翌2024年2月13日をもって休業することが発表されていた『山の上ホテル』が、ついに2月12日に最後の宿泊客らを迎え入れ、70年の歴史に一旦幕を下ろしています。

『山の上ホテル』の休業理由は‟建物の老朽化”

引用:Twitter

そんな『山の上ホテル』の休業理由については、

建物の老朽化に対応するため

と発表されており、ある程度の期間をもらった上で、立て直す方針ということです。

山の上ホテル担当者
山の上ホテル担当者
一度、休館のお時間をもらった上で建て直す方針です。皆様にはご迷惑をおかけしますが、何とぞご理解いただけますようお願い申し上げます

最終日には、それぞれの思いを胸に、別れを惜しむ人たちの姿が

休業を発表したその日のうちに、予約は満室になった『山の上ホテル』には、2月11日からホテルの前では、休業を前にその姿を写真におさめる常連客たちで賑い、さらに‟最後の結婚式”も行われたのです。

そんな最後の結婚式では、新郎新婦だけではなくスタッフ一同も、とても歓喜深く思い出深い結婚式となったようです。

最後の結婚式を挙げた夫婦
最後の結婚式を挙げた夫婦
最後ということでスタッフの方々も感慨深いというか、名残惜しいというか。お花選ぶ方も『最後なんですよね?』って言ったら、うるっとしてた。人生の節目、1ページに刻まれるような思い出に残る場所。最高でした

そして当時も

  • 休業が決まった瞬間に予約をした人
  • 24年前に挙式した夫婦
  • 20年に渡る超常連客
  • 祖父が内装を手掛けた女性

など、別れを惜しむ人たちの姿が多く見られた『山の上ホテル』では、それぞれの思いを胸に、思い出話に花を咲かせ、名残惜しい時を過ごしています。

また三科徹社長や小長光伸幸総支配人は最後の日を迎え、それぞれが感謝の気持ちを述べて、常連客と別れを惜しんでいます。

三科徹社長
三科徹社長
本日は、どうもありがとうございました
小長光伸幸総支配人
小長光伸幸総支配人
寂しい思いと、これだけ多くのお客様がお見えになって改めて感謝の思いでいっぱいの日。本日まで山の上ホテルのおもてなしをきちんとしてもらっているスタッフに感謝しています。ここまで頑張ってきた建物にも、お疲れさまと

最終日には‟前部屋”の明かりが灯った『山の上ホテル』

こうして多くの常連客などで最後を迎えた『山の上ホテル』は、最終日の2月12日には常連客の要望に応え、暫く付いていなかった最上階601号室「モーツァルトルーム」の明かりも灯り、前部屋がライトアップされています。

この601号室の「モーツァルトルーム」は、最上階に1部屋だけある内階段でしか行けない特別感のある設えでしたが、2019年のリニューアルと共に諸事情により使えなくなっていたのです。

最後までマニュアルを超えたホスピタリティーに感激の声

引用:テレ朝news

最後には客の要望に応えて全部屋の明かりを灯した『山の上ホテル』。

そんな『山の上ホテル』がこれまでにも多くの人に愛された理由の1つに、ホテルスタッフのマニュアルを超えたホスピタリティーがあり、1人1人が丁寧な素晴らしいおもてなしをしてくれるため、訪れた人たち全員が満足して帰ることが出来るため、海外からの観光客などの宿泊はゼロに近く、ほとんどがリピーターの常連客ばかりなのです。

こうして訪れた人全員が‟素晴らしい”と賞賛する『山の上ホテル』は、最終日にもチェックアウトの際、スタッフから

折り鶴と手紙

が配られ、細やかな心配りにみなさんが感激しています。

多くの文豪に愛された『山の上ホテル』の歴史

引用:山の上ホテル HILLTOP HOTEL 御茶ノ水・神保町【公式】

多くのファンに惜しまれつつ休業に入った『山の上ホテル』。

ここでは、山の上ホテルの歴史をご紹介します。

もともとはホテルとして使われていなかった

千代田区のJR御茶ノ水駅近くの高台にある『山の上ホテル』は、1954年にホテルとして開業していますが、もともとはホテルとしてではなく施設として使われていたのです。

建物自体は1937年、アメリカ出身の著名な建築家「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ」の設計で建設され、当初は財団法人が西洋の生活様式やマナーなどを啓発する施設として使われ、戦時中は海軍・戦後はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に接収され、アメリカの陸軍婦人部隊の宿舎として使われていたのです。

しかしGHQの接収解除を機に1954年にホテルとして開業した山の上ホテルは、創業時は客室47室でしたが、2014年から35室のみの営業となったのです。

そんな『山の上ホテル』は度重なる改修/改装によって、当時のままが残る箇所はほとんどありませんが、2019年のリニューアルの際に、特徴的だったアール・デコ様式の部分をいくつか復元しており、全35の客室すべてが違うレイアウトでも有名です。

‟文化人のホテル”とも呼ばれた『山の上ホテル』

引用:NHK

また『山の上ホテル』は出版社が多い神保町に近く、多くの作家が‟カンヅメ”となって執筆活動に励んだことから、別名‟文化人のホテル”とも呼ばれ、数多くの作家に愛され、定宿として利用されたことでも知られています。

そのため、当時はインターネットを始め、メールやFAXもなかったことから、締め切り前になると原稿を待つ出版社の人たちでロビーが溢れかえっていたそうです。

そんな『山の上ホテル』は、

  • ノーベル賞受賞作家川端康成
  • 小説『金閣寺』で有名な三島由紀夫
  • 『鬼平犯科帳』『剣客商売』『「仕掛人・藤枝梅安』の3大シリーズで時代小説の第一人者池波正太郎
  • 『受け月』で直木賞を受賞した伊集院静

も定宿として利用し、山の上ホテルについて三島由紀夫さんが

サービスも、まだ少し素人っぽい処が実にいい。ねがわくは、ここが有名になりすぎたり、はやりすぎたりしませんように

と綴ったことでも知られています。

また伊集院静さんは生前、

伊集院静
伊集院静
たくさんの作品を創り上げることができたのは、この山の上ホテルがあったからだと思います。ありがとう

と話しています。

小規模ながらも、食事が絶品でも知られた『山の上ホテル』

こうして多くの著名人にも親しまれた『山の上ホテル』は、全35室と小規模ながらも、‟てんぷら”の和食を始め、フレンチや鉄板焼き、そして中国料理と、6つの直営レストランとバーを設けており、食通として知られる池波正太郎さんは食事だけでも山の上ホテルに通い、てんぷらや鉄板焼きを愛し、コーヒーパーラーでの休息も日課だったそうです。

こうして食事も絶品の山の上ホテルは、休業を発表した途端に最終日まで満室となってしまったため、食事だけでもという客で連日長蛇の列が出来たのです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

この記事では、2024年2月13日に休業に入った『山の上ホテル』の休業理由やこれまでの歴史について、山の上ホテルを愛した著名人と併せてご紹介しました。

1954年にホテルとして開業以来、多くの著名人を始め常連客に愛されてきた『山の上ホテル』は、建物の老朽化に対応するためとして2024年2月12日の営業をもって70年の歴史に一旦幕を下ろしていますが、‟またお会いする日まで・・・”と締めくくっているため、いつになるかは分かりませんが、また素晴らしい笑顔とおもてなしで迎え入れてくれるに違いありません。